サウザーさんや佐久間さんもおっしゃっていましたけれど、世界各国で発行されているエスクァイアのなかで、やっぱり一番"art of living"を体現できているのは日本版だと思います。格好良さだけならロシア版ですけどね。そういう雑誌が経済事情?を理由に休刊に追い込まれるというのは非常に残念でなりません。つくづく日本という国は、creationに対しての理解度、評価が低く、保護してくれない国だなぁと思ってしまいます。自由経済社会の一員として、売れる物を作ることも確かに重要です。でもわかってはいても、もうちょっとどうにかならんもんかと思っちゃいますよね? これって僕だけ? 昔流行った企業のメセナ活動は、こういうときこそ必要なんだと思うんですけれど。元ライブドアの堀江みたいな人が救済してくれたらいいのになぁ。。。そしたら彼はどれだけカッコイイだろうーーーなどと都合がいいことを考えてしまいます。日本のお金持ちには、もっともっと文化事業に投資してほしい。そう思いませんか??
「彼」と呼びたい。ソニー・ロリンズ、ティモシー・リアリー、ライ・クーダー、ティム・オブライエン、ジム・ジャームッシュ……。様々な人たちと出会えた。NYを出て、LA、サンフランシスコ、テキサス州オースティン、ボストン、遠くはイギリスのオックスフォード……。いろいろな場所へ出かけた。「彼」がくれた、ふれあいと旅だった。一過性では決してなく、たとえ離れても僕にとってバックボーンとなる「彼」とのつきあいだった。All I'm saying is give my longtime friend, Esquire Japan, a chance!
復刊を願っています!!
今月の特集が「雑誌」でした。
その中で、中国人アートディレクターの楊傑さんが
『エスクァイア日本版』の大ファンということで、
対談記事の中でこんなコメントを述べています。
楊傑「(中略)そういえば以前、仕事の関係で、よく日本の雑誌を手にした期間がありました。
その時に一番インパクトの強かった雑誌がこれ、日本版の「エスクァイア」。
僕は日本語がまったくわかりませんが、それでもいい雑誌だなと思います。
とにかく情報性とファッション性のバランスが完璧。
日本に実際に行った時も思ったのですが、日本の雑誌って
インフォメーションやトピックスなど文字情報がギッシリというイメージなんですよ。
きっと日本人は忙しいから、いろんな情報源を雑誌一冊に頼らざるえを得ないんだろうなあと
思ってました(笑)。その点ではこの雑誌の相当な情報量なんですが、
しかしこの高級感。写真の視点やアングルも絶妙です」
言語は違えど『エスクァイア日本版』は、
そのクオリティにおいて、世界各国のクリエイターたちの間でも実に評判が高く、
復刊を望む声は海外からもあります。
私自身もかつて『エスクァイア日本版』の編集に携わったという経験が、
中国に住む現在でも大きな財産となっており、
まったく面識のない中国人のクリエイターのこういった発言を誇りに思います。
海の向こうより、心から復刊を願っています。
元『エスクァイア日本版』副編集長 サウザー美帆
Esquireは時に書籍よりも深く内容を
掘り下げてもいて、しかも写真も美しく、
インパクトがありました。
これだけ内容が充実しているのに
安いのも雑誌のよいところだと思います。
いくらネットが発達しても、雑誌とは違います。
メディアは、いろいろあったほうが楽しい。
ぜひ復刊してください。
それはこれからの時代にあっても必要な文化だと思います。だんだんと雑誌が消えて行くこの時代であっても、良いものはやはり生き残って欲しいです。
友永編集長になって、これまでよりさらにパワーアップした『エスクァイア』。きっとこれからもっと良くなると思うので、今すぐの結論で終わらせるのではなく、もう少し長い目で見て期待して待ってあげて欲しいと思います。
復刊よろしくお願いいたします。
読んだ後にも必ず捨てずに手元に残す雑誌でした。
中身があって、紙面も美しく、
たくさんのクリエーターの人も
憧れたり、参考にしたり、手に取った雑誌だと思います。ぜひ復刊して欲しいです。
2年ほど前からお世話になっています。
ニューヨークで取材に行くときに『エスクァイア日本版』をもっていくと、クリエーターやプレスのみなさまに必ずコメントをいただきました。
アメリカにはこういう雑誌がないよね、とか。
デザインがすばらしいよね、とか。
サウザーさんも書いていらっしゃいましたが、言葉がわからなくても通じるんだとうれしくなったものです。
これまでも関わった雑誌が休刊になることはありましたが、復刊を願う人たちがこうして実際に動きだしていらっしゃることをうれしく思います。
ニューヨークから復刊を願っています。
と思っていた雑誌だっただけに、休刊のニュースは、
本当に残念、そしてショックでした。
こういう雑誌こそ、なくなっちゃいけない!
と思います、一読者としても、応援します。
個人的なことですが、新卒で編集者の基礎を教えてもらった『エルマガジン』が創刊31年で休刊し、携わっていた旅雑誌の編集部解散ということがありました。いずれも昨年のことです。
終わりはあまりにもあっけなく、でも読者の期待やスタッフの熱意、そして雑誌を通して紡がれてきたものを再び取り戻すのはあまりにも困難です。
今エスクァイア編集部が越えようとしていることは、雑誌というひとつの文化が未来へのチャームを残せるかの試金石になると思っています。
復刊、期待しています。
常に鼓舞してくれるような雑誌と共に生きたいと思っています。
存続のために出来る事があれば尽力したいです。
微力ながら応援いたします。
エスクァイアの700円ほど安いものはないと思っていました。
休刊なんて信じられない。
日本から無くなってしまってはいけない雑誌だと思います。
早期の復刊を望みます。
いつの間にか図書館でEsquireのバックナンバーを読みふけることが休日の楽しみになっていました。
古くても新しい、そんな雑誌だったと思います。
小学生の頃、毎月発売日にりぼんやちゃおを買いに、500円玉を小さな手に握って、汗で硬貨くさくなった手を書店で差し出すような、そんな楽しみがありました。
その楽しみがなくなってしまうのはあまりにも残念です。
こんな時代だからこそ、そういった楽しみが生活の糧となるのです。
またお会いできることを強く、心から願います。
遠慮せずに自分が一番よいと感じる写真をセレクトして渡せるやりがいのある雑誌でした。
複雑な組み写真で旅の時間の厚みを伝えるレイアウトはエスクァイアー日本版ならではのもので、フォトグラファー冥利に尽きるものでした、と過去形で語らなければならないのかと思うと残念でなりません。
なんとか復刊の道を見つけて欲しいと切に願います。
僕の場合、直接的なエディターは菅原幸裕さんと斉藤大介さんのお二人でしたが、とにかく話しているのが愉快で、思いがけず時間を過ごしてしまうことが多かった。いつもなんだか話したりないのです。お二人は考えかたも個性も違うのですが、雑誌文化に対するそれぞれの思いの深さをいつも感じていました。
音楽そのものはもちろん大切なのですが、その音楽をどのように聴いて、どう楽しんで生きていくか。そんな記事がつくれないか、ということをたくさん話しました。そうして、いろいろ話し合ったことの一部が、じっさいに紙面に上がって、しかし残りの多くは捨てられるでもなく、またつぎの旅へと続いていく、そんな期待を繋いでいられるのは、ほんとうに楽しみなことです。
こう記してみれば、あたりまえのことですが、そうして人々が出会うところから、いくつものアイディアが積み重なって、それは移ろいながらも確実にお互いのなかにストックされていくはずです。"Our Classical Music"の局面だけでもそうなのですから、多岐にわたる独特なテーマ立てで特集を展開し続けてきた「Esquire日本版」の22年の深海に、いったいどれほどの考えや思いが潜んでいるか、それははかり知れないものでしょう。だから、ものすごく、もったいない。僕は率直にそう思います。もっと、それをみてみたいし、読んでみたい。
この雑誌のために考えられた多くの種子が芽吹くのは、やはりこの土壌がふさわしい。どんな季節がめぐっていようとも、創りたい人と読みたい人がすれ違わないかぎり、復刊は淡い夢などではなく、すぐそこの現実なのだと、僕は信じています。
エスクァイアのスペイン特集の際には微力ながらお手伝いさせていただきました。
お仕事をご一緒させたいただいた編集部の方々、カメラマンの方々の肩ひじ張らない「プロ根性」を、本当に、憧れと尊敬を持って眺めていました。なんと学ぶことの多かった旅。そして出来上がりの美しさ。
深い知識に基づいた数々の特集の面白かったこと・・・・。エスクァイアの誌面は、広げれば、インスピレーションを得、夢を見せてくれる空間です。
先日、偶然知り合ったメキシコのエスクアィアの編集者の方にも、日本のは「ケ・ボニート!(素敵!)」と言われたばかりです。スペインにもやはりエスクァイアがありますが、日本のエスクァイアが私は一番完成度が高い、まさに職人魂の結晶のような雑誌だと思います。
こんなに質の高い雑誌が休刊になってよいわけがありません。
復刊を願ってやまないと同時に、海の向こうからどんなことでも応援するつもりです!
今の日本では稀にみる貴重な雑誌だと思っていました!!
・テーマ性があって
・毎回記事の内容から気づくことが多く
・写真がとっても奇麗
・大人の雑誌、哲学がしっかりと伝わって
・特に男性にとって生活のヒントが多い
・もっともっと多くの人に知ってもらいたい
心の叫びです。
休刊になるなんて・・
知らない人も意外と多いと思います。
実は私もその一人でした。
友人が記事を書くことをきっかけに
存在をしり、こんな素敵で骨のある
雑誌があったんだ〜!!
と感激しました。
復刊を心から願っています!
復刊する!!
ここではない違う何処かへ誘ってくれる船であり、ここまでお出でなさいと明滅する灯台でした。
小説家となり、その「エスクァイア」さんから、映画評や書評などの仕事をいただいたときには、大げさではなく、椅子から飛び上がって喜びました。
なくなってしまうのは、余りに寂しすぎます。
復刊を、ただただ復刊を望みます。
私のフィールドであるデザインの良き理解者であり、それが日本で民主化を果たしていく過程での大きな原動力でもありました。
デザインだけではなく日本人のカルチャーにこれほど貢献したクオリティの高い雑誌が休刊とは残念でなりません。
復刊を信じています。
一本の映画に匹敵するほどの
感動と興奮がある。
この幸福感を奪わないでー!
復刊コミッティの立ち上げに感謝するとともに、さまざまな形で尽力されていることに心から敬意を表します。
またお休み期間ナシでの継続は難しいとは思いますが、しっかりとした経営基盤を整えてからの、地に脚の着いた出版活動が一日も早く始められるように祈っています。頑張ってくださいね。微力ながらお手伝いできることもあろうかと思います。そのときはなんなりと。。。
僕が編集部を離れて早2年になりますが、外に出て日本の雑誌界をつぶさに見ても、エスクァイア日本版ほど高級で知的で深くて洗練されていてっていうのがバランスよく成立している雑誌というものはありませんでしたね。そうじゃないときもありますけど(笑)。いつのころからか雑誌のメッセージ性、吸引力、影響力、カリスマ性といったものはどんどん低下していって、一般の方の方が色んな意味で早かったり、詳しかったり、お洒落だったりする状況というのが恒常化していたように思います。インターネットの普及も一因なんですかね? そんな中で、どんな特集をするのか、どんな切り口でどんな写真でどんな文章で紹介するのかっていう部分に対する信頼感、期待値の高さというものは、群を抜いているように思います。読者の方のレベルも高いですよね。
僕はノーカルチャーな人間なので、カルチャーとひとくくりにされる色んな物事の面白さを教えてくれる貴重な人たちだったし、雑誌だった訳です。カルチャー、スタイルのないファッションのつまらなさ、薄っぺらさにも気付かされたと思っています。
サウザーさんや佐久間さんもおっしゃっていましたけれど、世界各国で発行されているエスクァイアのなかで、やっぱり一番"art of living"を体現できているのは日本版だと思います。格好良さだけならロシア版ですけどね。そういう雑誌が経済事情?を理由に休刊に追い込まれるというのは非常に残念でなりません。つくづく日本という国は、creationに対しての理解度、評価が低く、保護してくれない国だなぁと思ってしまいます。自由経済社会の一員として、売れる物を作ることも確かに重要です。でもわかってはいても、もうちょっとどうにかならんもんかと思っちゃいますよね? これって僕だけ? 昔流行った企業のメセナ活動は、こういうときこそ必要なんだと思うんですけれど。元ライブドアの堀江みたいな人が救済してくれたらいいのになぁ。。。そしたら彼はどれだけカッコイイだろうーーーなどと都合がいいことを考えてしまいます。日本のお金持ちには、もっともっと文化事業に投資してほしい。そう思いませんか??
なんだか思うがままに話が脱線してしまい申し訳ありません。とにもかくにも元気で頑張ってください。支援者が予想以上に多いみたいで、さっき小谷さんとも反響の大きさに驚きあっていたところです。心強いですね。僕自身、エスクァイアくらいでしか面白い仕事できていないんで、何卒何卒。僕も今年は頑張る年にしようと思います。ではまた!!
アートディレクターであった師匠の所にお世話になり、
以後7年間裏方ですが、デザインをしていました。
その当時と今とでは雑誌の方向性も内容もずいぶん変わりましたが、
その当時の編集部員の雑誌というメディアに対する
チャレンジングな姿勢は
今も受け継がれていると信じております。
正直、このニュースを聞いた時はショックでした。
今の自分を育ててくれたのがエスクァイアであり、
その編集部でした。
去年、自分がアートディレクターであった月刊PLAYBOYも休刊となり、
そのことからたて続けに悪いニュースを聞かなければならないのはとてもつらいことです。
「ひとつの時代が終わった」とか、メディア、あるいは人々は思うかもしれません。
でも、それは違うのです。
雑誌は時代とともに生きています。
その時代その時代の文化や表現とともに生き、そして変容していっているのです。
今の出版界、あるいはメディア全体に
その表現や文化を現せるものが
どんどん無くなってきていることに危機感を感じます。
米版Esquireは、1933年、世界恐慌の余波のさなかに
創刊されました。
まさに今、必要なメディアではないでしょうか。
誇るべき視点を持つ展望台を失ってしまう。
そこに上ればいつでも眺望と地平線が在るのだと思っていた。
「この国には文化など育たない」と宣告されたような気分だ。
まさかこんな日が来るとは。
復刊求む!
15年前、初めてESQUIRE日本版を手に取ったときからずっと好きでした。唯一定期購読している雑誌です。。休刊なんて、悲しくて仕方ありません。ESQUIREの世界観はどの雑誌にも無いものだと思っています。心から復刊を願っています。関係者の皆さん、頑張ってください。
この世の中は不条理で、いつも大切なものが最初に奪われてしまうような気がします。
「エククァイア」の魅力の発見は2008年の夏に初めてお仕事をお手伝いさせていただいてからという、とても遅咲きのファンなのですが、他の雑誌にはないレイアウトの美しさと読み応えでお気に入りの一冊でしたが、この度の休刊の話を伺って吃驚しています。
売り上げにはたまにしか協力できなかった私ですが、遠いスペインの空の下から、復刊を願って応援させていただきます。 From Spain 守屋照見
時代の様子を残して行くということは、今後もずっと必要不可欠な事だと思います。ESQUIREがやってきた仕事をすごく尊敬していました。
たしかに世間は不況ですが、これに負けずにESQUIREが復活してくれる事を願います!
景気が良い時には、たくさんのゴミが生まれますが、不況の時には、必ず良いものが生き残ると思います。
ローゼン美沙子 MISAKO & ROSEN オーナー
学生時代は、Esquireの置いてあるカフェで読んだり、特に保存版にしたいものは購入したりしていました。
で、この春から「さて、Esquireの定期購読を申し込もう!」と思ったら…(涙)
そ、そんな…
こんなに美しい雑誌が…
どうして!?
Esquireの似合う大人になるのが夢だったのに…
人生の目標が消えようとしています(涙)
本当に、心から、
復刊を願っております!!!
ニューヨークの美術館に勤務していた関係で、おもにニューヨークのクリエイターたちとのパイプ役を務めさせていただきました。中でも、ブルース・マウやジョージ・ルイス、MoMAのデザインキュレーター、パオラ・アントネッリなどが「日本のエスクアイアはなんと美しい雑誌なんだ。テーマもすばらしい」と絶賛していたことが印象的です。
世界を代表するクリエイターたちをもうならせる雑誌。現代日本が育んできたひとつの文化であると誇りに思っています。
その後、小説家になってからも、編集部の方々やOBの方々との交流は続いています。常に一歩先を見据えてメッセージを発信し続ける関係者各位の姿勢に深く敬意を表します。
われらの時代のアイコンが、決して失われませんように。
これまでに築き上げた文化を是非、存続させてください。
昨年から執筆させていただき、いつもワクワクしながら書かせていただいています。
読者の頃から、憧れの雑誌です。
We love Esquire!!
今でも、とても感謝しています。
私にとってエスクァイア日本版は、ライターとしても、そして一読者としても、本当に心から楽しめる素晴らしい雑誌です。
不況も乗り越えて、永遠に続くと信じています!!
エスクァイア日本版の復刊を、心から、本当に心から願っています!!!!
YAHOOニュースでエスクァイア休刊を知り、とても驚きました。
私たちは中国の会社で中国人スタッフが多いのですが、編集部・設計部の本棚に積まれている私有コレクション雑誌のなかで、唯一かぶっているのが日本語版のエスクァイアです。アートディレクター(広東人)も日本語がわからないのですが、なぜか同じ号を持っています。日本人編集と中国人デザイナーの間では、イメージの伝達・共有が一番むずかしいところかと思うのですが、そこをすいっと飛び越えてしまう普遍的な何かがあるのではないでしょうか。読者としてはもちろん雑誌制作に携わる一人としてなくてはならない雑誌で、海を隔てて復刊を心より願っています。
私事ではございますが、私どものお店を初めて取り上げて下さったのがesquireさんでした。
それからいろいろな機会でお手伝いさせていただき、とても光栄でした。
日本に於いて数少ないクリエイティブなカルチャー誌として、果たしてきた役割は、計り知れません。
このような他にはない美しい世界観の誌面がなくなってしまうのは、大変悲しいものです。
こういった文化を守らずして何を守るべきなのか…
一日も早い復刊を心より願っております。
我が家には月刊になってからのEsquire日本版がすべて揃っています。
創刊以来たくさんの編集者に仕事をいただき、今でもたくさんの方とお付き合いをさせていただいてます。
常に生活の中にEsquireがありました。
今でもEsquireから多くの事を学んでます。
まだまだEsquireだから出来る事、やるべき事があると思います。
思い出として語ることより、復刊を応援します。
かっこいい人生を生きようじゃないか。
そんなメッセージを毎回投げてくれる雑誌は貴重です。
ずっと本屋さんにならんでいてほしい。
まさかそんなことが。残念で残念でなりません。
私は『エスクァイア日本版』で、このコミッティを立ち上げた瀬尾さんや、上海からメッセージを寄せられたサウザーさんたちと一緒に、かつて契約社員として働かせて頂きました。
でもそれはたった半年のことで、体調を崩して失礼したのですが、そのわずか半年。
そして、外部の協力編集者という立場で仕事をさせて頂いた今日までの数年間。
そのすべてが私にとっては貴重な勉強、そして財産になっています。
良い企画、良い写真、良い文章、良いデザイン、良い雑誌、そして良い生活とは何か?
その半年で、それまでの十数年の編集者生活を振り返って、そのことを改めて考えさせられました。その試行錯誤と経験なしに、今の私はありません。
私が関わらせて頂いている雑誌でもテレビ番組でも、年を追うごとに、業界の景気が悪くなるにつれて、その内容に広告というお金が絡んでくるようになりました。
そのことは、ある程度は致し方のないことだと思っています。
でも、そのどこかに作り手の良心が、主張が見えなければ、人を納得させ感動させることはできない。それがなければ、やっぱりつまらない。
『エスクァイア日本版』は、そんな状況の下でも、作り手の良心や主張が、静かではありますがしっかりと感じられる雑誌です。
「商業雑誌で本当の教養なんて、伝えられるわけがない」という暴論まで公然と語られるようになった雑誌界の中で、しっかり気を吐いていた貴重な雑誌です。
それが、雑誌そのものの問題とは思えないのに、休刊という結論になるとは・・。
どうもよくわからない。
編集部を始め、スタッフの皆さんも納得できないのではないでしょうか。
心から復刊を願っています。
そのくらいあり得ないことなのです。
コメントを書かれている皆さんと一緒で、私にとってもずっと憧れの雑誌です。
アシスタントの頃から、Esquireでお仕事させていたくことを目標にしていました。
有り難くも、独立した当初からずっと変わらずお仕事をくれているのもEsquireなのです。
読者としても、毎月必ずこれだけはチェックする!というのもEsquireです。
本屋に行ってEsquireが並ばなくなるなんて、信じられません。
復刊、心から願ってやみません!!!
NO Esquire NO Life
エスクァイア日本版に関わらせていただいたミイチです。
ドイツのデザインミュージアム特集やスイス人建築家ペーター・ツントーのインタビューなど、私自身、忘れがたい数々のすてきな仕事をさせていただきました。
復刊を心より願っています!
私自身のウェブサイトにも署名運動のことをご紹介させていただきたいのですが、もしそれ用のバナーみたいなものがあれば、お教えいただけるとありがたいです。
私もぜったいにあきらめず応援しますので、がんばってくださいね!
他のどの雑誌にもない魅力だと思います。
20年以上に渡って日本の雑誌文化を牽引してきた媒体ならではの、
瑞々しい枝や葉を伸ばしつつ根はしっかりはった大木のような存在感がありました。
ですから、休刊という事態は美しい木が切られてしまうような印象で、
残念なことはもちろん怒りにも似た気持ちです。
いろいろと大変なときだからこそ、
文化を守る勇気ある支援者が現れてほしいと思います。
復刊を心より願っています。
復刊を心から望んでおります。
休刊のニュースは残念でなりません。さらには、価値が荒んでゆく中でそれを守ることがどれほど大切なことか、世の中に理解されないことがもっと残念です。
雑誌は時代を現す文化であり、人を写し出す大切なツールだと思います。
雑誌でなければ、伝えられないことがあります。
復刊を期待しています!
得難い雑誌だと思います。
心から復刊を願います。
米版創刊60周年記念号の知恵コラム特集は
未だに呑み屋で女性を口説く時のバイブルなので家宝となっております。
どうか続けて欲しいです!
ライターの井川直子です。
「こんな時代だからこそ、
失ってはいけないものがあるんじゃないか」
休刊の知らせを聞いてから、そんなことを考えています。
実用の洪水の中で、本質を見据えた仕事をしていくのは難しいことですが、
「エスクァイア」はそれをしようとしている稀有な雑誌です。
静かだけれど、揺らがない目線。
こういう媒体が世の中に存在しているところに希望があるのに、
そういう雑誌こそ作り続けられない仕組みになってしまったのか。
しかしもともと、「エスクァイア」はアメリカ大恐慌の中で生まれた雑誌。
復刊できれば、
雑誌という世界で生きる、多くの意志あるつくり手と、
さらに多くの読者と、落ち込んでいる日本にとっても、光となるでしょう。
失ってはいけないものがある。
取り返しのつかないことにならぬよう、祈るばかりです。
音楽専門誌やその読者、熱心に支え続けているファンの存在は非常にたのもしいものですが、それとは別に「長い時間をかけて醸成されてきたアートまたはカルチャーとしてのクラシック音楽」という視点で捉え、それを理解してくれる「エスクァイア」の読者はたいへんな財産となるわけで、これからクラシック音楽がどういった価値と存在感を得ていくかという大きな問題に対し、ひとつの有効な回答を引き出すメディアであるかもしれないとさえ思えます。
たとえば、グレン・グールドというピアニストの存在を、音楽論ではなく文化論としてアウトプットすることができるメディアがあるということは、とても重要なことのように思うのです。
そうした意味においても、加えて個人的には、他ジャンルのカルチャーへの興味を深く満足させてくれるという意味においても、なくなって欲しくはない雑誌のひとつです。
素敵な文化が無くなるということに等しいです。
すべてが経済の波で流れて行くような状況が
時代に相応なのか、わかりませんが、
そこに文化の素養までもが流れて行く状況は
相応しくないと思います。
こういう時期だからこそ、
「Good News」がもたらされる雑誌であって欲しい。
ぜひ復刊を望みます。
みなさんのコメントを拝読して、
市況の悪化というエクスキューズに屈することのない、
モノ作りの魂みたいなものをひしひしと感じました。
私は残念ながら負けてしまったけれど、
負けるな、エスクァイア。
頑張れ、ムッちゃん、トモナガさん。
エスクァイアの復刊を心より願います。
「余裕」「あそび」ってとても大事だと思います。
ぜひ復刊を!
エスクァイアには読者との間合いや情報のバランス感覚の良さをいつも感じていて、今の時代にもこういった雑誌があることに"読んでいてホッと"していたのですが、まさかの休刊のニュース。とても残念です。
今すぐではなくとも、新しい雑誌の在り方を示してくれる存在として復刊される事を希望します。
数字上の判断はいたしかたないことでしょう。
しかし、近未来を見通す力あるものは、
いずれ必ず浮上する時が来る事は間違いないと思っています。
さまざまなジャンルのプロの視点、
卓越した視覚表現、
雑誌メディアでの編集にとどまらない、街へ、人々にむけて仕掛けよう、という発
想、
大人の美学と遊び心、夢、
エスクァイアの生き方を、
かつてないほど厳しい時代だからこそ、それをくぐり抜けて、
さらに躍動感ある、よりリアルな生き方メディアとして
再生してほしいです。
私事ながら、40になるときに家を建築するにあたって、
一番参考にしたのは、エスクァイアでした。
遠い先の未来へのヴィジョンがあちこちに
ちりばめられていたからです。
たくさんアイディアをいただきました。
ただし、もちろん
ビジネス再生はあらゆることを
時代の流れに先駆けて、より進化していかなければなりませんので、
産みの苦しみ、創造力と挑戦を伴う事は必至です。
時はもとには戻りませんから。
ブランドコミュニケ―ションビジネスにおいて、
エスクァイアジャパンのたくさんの皆様にお世話になってきました。
その貴重なカルチャーは固有のもので、他に代わるものは無いと思います。
私達のビジネスコンテンツも、
昨年の10月以降ドラマティカルに変わりました。
形を変えたビジネスチャンスは確実に生まれつつあります。
これまでよりずっと、地に足をつけた日常に深くかかわり、人の心をどうするか、
といった方向です。
あらゆる人たちの、これからの日常の新しいデザイニングです。
ぜひ、またあらたなムーヴメントを起こして行ってほしい、
共存、協力していけることがあることを
心より願い、エールを送り続けております。
そういう意味で、エスクァイアの存在意義は際立っている
と思いますし、なくなってはいけません。
こんな僕でも、喫茶店で読んでいると
2割増しくらいに見えますし。(多分)
やめることに使うエネルギーを
続けることに使うエネルギーへ。
変えられるなら。
もし叶うなら、復刊してください!
復刊についての狼煙をどうやって
あげていくかの作戦会議をした。
いわゆる在野のなんの力もない、
編集者にどんな協力ができるかは分からないが、
ガーガーと町中でスピーカー代わりには
なれるかもしれないので、やれるかたちで
草の根的にご協力させて頂こうと思う。
何かできることがあれば、またお声がけくださいね。
復刊祈ってます!!
それをやっているとエスクァイアは捨てるページがほとんどないのに気づきます。
僕の気持ちに取っておきたいと感じさせる内容の濃い雑誌なんだと思います。
今日、三宅さんと復刊アイデアなど話しましたが、エスクァイアには僕の気持ちが分ってもらえる同士か兄貴みたいで、いっしょに歳をとっていってくれる人格を持つ媒体であって欲しいと願います。
そういう意味で「エスクァイア日本版」の休刊は、両方を
失う事になるのではないだろうか。
惜しいなぁ。 上海より
休刊のニュースを聞ききました。
世の中そんなもんだ、ではとても寂しいです。
エスクァイア日本版が続くことを願っています。
『Esquire』は前者の雑誌だ。これだけたくさんの雑誌がなくなっていこうとしているいま、こういうサイトがこれほどに反響を呼んでいることが、それをこれまで感じていなかったひとたちの心の中にも、感じさせるほどの力をもっている。自分の本棚や古本屋でみかけるバックナンバーは、どれもいとおしい。
少し前に、CAPの藤本やすしさんが所蔵していたアメリカ版の古い『Esquire』を売るイベントをディレクションさせていただいたことがあった。店によっては1万円近い値段がつけられているようなそれらのヴィンテージを、藤本さんのご好意で3千円〜4千円くらいで売らせてもらった。いい歴史は、できるだけ多くの人の手に渡って、多くの人の目で見られていかないと、残された意味がないからだ。
そしてそれから半年ほど後、『本棚』号で初めてお仕事をさせていただいたとき、オフィスに訪れて驚いたのは、各国版がずらっと飾られていることだった。あのとき売ったヴィンテージのアメリカ版のもつ魅力が、こうして現代まで、そして世界中にわたって、脈々と受け継がれているということを知って、ちょっとだけほんとうに感動した。
微力ながらお手伝いできることがあれば、なんでもしたいと思います。
復刊を切に、切に願います。
無くしていいものと、無くすべきではないものがあるはず。
『エスクァイア日本版』は日本の雑誌文化のクォリティを高める牽引役をずっと務めて来た雑誌であったし、これからも、務めて行く雑誌であると信じています。
『エスクァイア日本版』があったからこそ、メンズのライフスタイル・マガジン市場が、ここまで成長したのは衆目の一致するところ。
私自身もフリーになった早々から、色々とお世話になり、沢山のことを学ばさせていただきました。
復刊し、さらなる歴史を築いていかれることを切に願っています。
フォトグラファー 薄井一議
コメントすることへの逡巡があった。
自分はいまここで(遠からず、近からず)
仕事をさせてもらっている当事者だから、
もちろん復刊を望んでいるけれど。
その立場の人間が発言するのは
なんていうか、武士としてもとる、というか。
自分でもわからなかったためらいの意味を
ずいぶん迷ったけれど、
黙っているよりはこの逡巡について書くことが、
小さなひとつの石にはなるかもしれないから。
勇気をだして書いてみます。
厳しいけど、復刊のためには、
ビジョンや思いだけでは
決してかなわない現実問題があることもやっぱり確かなわけで。
収益のビジネスプランや新しいビジネスモデルの提案がなければ
新しい出資者は納得しないだろうし。
----じゃあ、チャリティはどう?
チャリティをすれば「社会的貢献」という名の元に責任ができる。
責任を果たすため、という大義名分。うん、いまの時代、必要かもしれない。
でも。たかが雑誌じゃないか。
そう、雑誌なんです。Esquireは。
雑だから面白かったはずで。
文化的な存在価値だけでは成り立たないところに
立っていたから面白かったわけで。
いまこのご時勢で「消費は文化だ」と言ってしまえば
「不倫は文化だ」と宣言した石田純一のように攻撃されるだろうか。
広告収入が減ったから雑誌を続けて行けなくなりました。
売り上げを第一義に唱えはじめたから出版社・編集者の質が落ちました。
費用対効果を考えれば、紙媒体はエコじゃないからウェブだけが生き残るでしょう。
全部ほんとで全部嘘だ、と思う。
ある作家は、
「誠実とか愛とか約束とか人間の徳目すべてが
広告の言語に置き換えられてしまった今だから、
お金にはならないけど言葉の力で人間の徳目を
文学に引き戻す」と言った。
感動した。だけど、反発もした。
だって。広告の言葉に誘惑され、お金を使う贅沢も
私は大好きだからだ。
逡巡しながら生き延びる方法をいっしょに考え、
あるいはまったく別の形で生まれ変わる方法を探している編集部のみなさんと
同じ場所で苦しみながら模索したいと思っています。
「編集者」であることを辞めて、編集者から遠く離れていた私に
「うわ。やっぱり編集者に戻りたい!」と心から思わせてくれた場所が
たまたま遊びにいったいまのEsquireの編集部だったから。
(追伸)
この編集部には
「紳士・淑女」がいます。死語かもしれないけど。
本当に、そう思います。いつもありがとうございます。
「良質な雑誌が売れない = 文化が熟れない」
と思っております。
これはもちろん出版社だけでなく、書店や取次などの責任でもあること。
非常に危機感を持っています。
なんとか復刊を。
Esquireは写真もすばらしく、また記事内容も女性が読める、ハイレベルな唯一無二の雑誌です。
どうか復刊を!!!!
このような良質な雑誌は日本で生き残っていけないのでしょうか?
復刊を強く望みます。
復刊のために何か私たちができる事があれば、ぜひこちらのサイトで発信していってください!!
視点での切り口の記事が合ったのではと思うと残念です、
ぜひ、復刊をお願いします。
彼にどんな雑誌が好きですか?と
問うたところ、
「エスクァイア日本版」と答えたのが
とても印象に残っています。
本家アメリカでも、イギリス版でもなく
です。
すごいな、と思い、
今では、その雑誌に数回記事を書く機会に
恵まれたことをとても誇りに思っています。
女性でも憧れる雑誌です。
是非とも復刊してほしい。
是非復刊して欲しいです!!!
応援していますので、頑張って下さい!
携われる事を夢見ていました。
今もまだ、フォトグラファーとしてエスクァイア日本版に
いつか携われる日が来る事を夢見ています。
復刊を希望します。
創刊される雑誌もなぜか多い。
はっきり言ってその9割9分はいずれ廃刊するでしょう。
これまでのテーマ選び、あるいはその切り取り方、見せ方に無理が生じた昨今
大半の出版社は、そのことを 別のものに変えて、
言うなれば取り繕って再び雑誌の形に押し込めている。
そういうやからが多すぎるから
本当に伝えるべき言葉が軽くなり
口にすることもはばかられるような状態になる。
メッセージすら消費させている日本。
エスクァイアがそうならぬことを、
そういう本質的なことをビシビシついてくる媒体として帰ってくることを願っています。
今でもエスクァイアらしい提言とか好きなので、今回の休刊は大変残念です。ただ、冷静に考えてみると、当時読んだ記事は今でも強烈なインパクトとして残っているのですが、最近は徐々にその強さが希薄化していると思わざるを得ません。
もう一度創刊当時の初心に戻って、当時と引けを取らないような強烈なエスクァイアの復刊を心待ちにしています。
下世話な雑誌が増えている世の中に、
この雑誌は光ある雑誌のなかの1冊でした。
こういう雑誌こそ、
本当は必要なのだと私は信じてなりません。
どうか復刻の検討をよろしくお願いします!!
しかし、最近のエスクァイアが、購入に至らなかった、ということも事実です。ほかの雑誌に比べるとたしかに編集技術は優秀だと思いますが、それ以上の驚き、雑誌を購入しようと言う動機が弱いように感じました。トレンドとビジネスと読者のバランスがうまくとれていないというか。難しいんだろうなぁ、と思いました。
特集にかける作り手の思いはよくわかるのですが、一読者としては、きれいな雑誌、というだけでは700円なりを出すのにはためらわれました。
コラムは充実していて、ブックレビューなどの最新情報もいいと思います。しかし、そこを立ち読みして買わない、というのが続きました。
一番最近購入したのはオーケストラ特集です。この特集は充実していて、なによりほかの雑誌では読めない情報が多かった。この雑誌ならでは、という気がしました。
ぜひ、おお、これはエスクァイアならではだ、と驚きを持って、喜んで1000円でも2000円でも買いたい、と思えるような雑誌をつくってください。
復刊を望みます!!がんばってください!
とても、楽しみにしています。
復刊されることも、とても楽しみに待っています。
というか、ここまま無くしてしまっては良くないです。
単に情報を発信するモノだけではなくて
文化を創っていけた数少ない良心的な本。
テーマも、文章も、写真も全てが
先端を走っていながらも
スローフード的な味わい・クオリティで。
このまま、この雑誌を無くしてしまったら
世の中
ファーストフードとファミレスと
コンビニ弁当みたいな本だけで
埋もれてしまいます。
復刻を
強く強く切望します。
「いつか、エスクァイアの制作に携わってみたい」という思いは強く、ずっと目標にしている雑誌です。
まだまだエスクァイアで見せて欲しいものが沢山あるし、イベントにも参加してみたいし、なにより、これからもそこに在り続けて欲しいのに、休刊してしまうなんて残念で仕方ありません。
だけど、今日「復刊を目指そう」というこのページの存在を知って、「さすが、エスクァイア!」という頼もしい気持ちでいっぱいです。
沢山の方々がエスクァイアという雑誌を必要としていて、大切に思っていて、なんとか復活させようとしている。
現在危機的状況にあるメディア業界にとって、それってとても意義のある文化活動だと思います。
私が初めてエスクァイアを書店で手にした時、
その情熱に溢れた簡潔な文章、
惜しみなく主張する写真、
奇抜で温かいコラム・・・
表紙から広告に至るまで、その全てに圧倒されてしまいました。
めくったページの厚みに比例するかのように、感動の重みが徐々に右手へのしかかっていった感じを、未だに覚えています。
エスクァイアの特集はいつも、「ここへ行け!」とか「これを見ろ!」といった押し付けがなく、まるで物知りな先生から色々な人や場所の話を、ゆっくり聞かせてもらっているような、
重厚で優しい雰囲気があります。
だから、私はエスクァイアがどんなに本棚を占領していても、捨てられないんです。笑
こんなに高いクオリティを持った稀有な雑誌が、どうして休刊しなければならないの?と思います。
でも、なんだかまたお目にかかれるような気もします。エスクァイア、絶対復刊させましょう^^
それ以来10年以上、お付き合いをさせて頂いています。
実は、どうしてもこの雑誌で撮影をする為に、フリーランスになりました。
僕の憧れの本でした。
運良く撮影依頼があり、舞い上がった時の事を今も覚えています。
そんな思いのある雑誌が休刊になるなんて、非常に残念でなりません。
早い復刊を願っております。
数多くの人、モノを夢に結びつける編集を重ね紙媒体という次元で表現伝達する愛おしい存在。
「Esquire」は私の愛する雑誌のひとつです。特集記事の編集の秀逸さは群を抜きます。
esq_0805 アートの聖地巡礼。
esq_0407 オランダへ。
買って宝物のように眺め、今年「Esquire」が載せた夢を実現しました。
esq_0902 見せたい本棚の作り方。
羨ましい特集をして下さいました。
「Esquire」は人に夢を与え続ける、秘められた可能性と視野を広げ、そして未来へ繋げ、そういう仕事を続けて欲しいと思います。
一読者として、そして永久に雑誌「Esquire」を保存し、未来に伝えていく国立国会図書館の一員として、切に願います。
と、このサイトに来ておもいました。
もっと素直にいっぱい読んでおけばよかった。なんかたぶんちょっとこれは恋に近くて、よく言う「失ってから気付く」というものではなかろうか。そんなに好きになる、て予定はなかったのに、という。
読んでいるときも、作っている人たちはきっと、心を込めているんだろうなぁとうれしかったけれど、いまこうして制作側のみなさんのコメントを読むことができて不思議な幸せを感じます。“一生懸命”作ってるって確認できちゃったのだから、これから先ももっと知りたい、読みたいて思うのも仕方がない。
…「雑誌」が反省しなくちゃならないことも色々さまざまあるかもしれないけど、でも読者側にだって、もっと振り返らなくちゃならないこともあるんじゃなかろうか。いいものやきれいなものから逃げたい、信じられない、みたいなねじれた心理が蔓延してるところもあったりするんじゃなかろうか。単なるうわべの美しさではない、「いいもの」を選ぶ力みたいなものが、日本から欠落しようとしてないだろうか。
わたしが『エスクァイア』を読み始めてから、いちばん印象に残っているのは、ギリシャの特集です。いまでも「こんなきれいなところが世界にあるんだ」という感動が忘れられない。それをいつか見たい、という気持ちが生きる力になることだってある。
Esquireの穴はEsquireでなければ埋められない。
とりあえず定期購買を続けていたのに、
本屋に行っても気に入るのが無い。
復活してくれ。
文房具好きなので、4月号で予告されていたドイツ製文房具特集の号を楽しみにしていただけにショックでした。
最後にせめて、この特集だけでもやって欲しかったです。
出版業界がいくら不況だと言ってもこんな素晴らしい雑誌までなくなってしまうなんて・・・
その時は全く手が出なかったが、大学生となった今、エスクァイアは常に大人への憧憬を掻き立てるものであると同時に、紳士的な男になるための参考書のような存在だった。
それだけに休刊は本当に悲しい。復刊が叶う時までには、それに見合う男になっていたい。
かっこいい大人に憧れ、写真、文章、デザイン。バイブルにしていました。
すでにいい大人になってきてしまいましたが、道標がないのは困ります。
是非復刊を。
10年前、大学生の頃にEsquireに出会って、初めて「人に何かを伝える職業って素敵だな」って思いました。新卒は採らないと知りながらも、Esquire日本版編集部に本気で就職したくて、何度か編集長宛てにメールを出したりしましたが、叶わぬ夢でした。でもその時の編集長の「いつかあなたが社会で沢山のことを経験してきて、それでもまだ思いがあれば、また門を叩きに来てください」と温かい言葉を下さったこと忘れません。今は、テレビ局で番組制作をしています。
この10年、Esquireは私が大人になるための教科書だったので、休刊が決まってからは、本当にぽっかり心に穴が空いてしまいました。空きすぎて最初はこのサイトにも来られませんでした(笑)。
いつか必ず復刊できる日を信じています。
そして、編集者になりたいという夢を与えてくれた存在でもあります。あれから15年、編集者として経験をいくばくか積んだ私が初めてエスクァイア編集部を訪れたのは、残念ながら仕事ではなく、友人に誘われてお邪魔した休刊パーティーでした。
文化の深みや多角的な魅力を伝える雑誌がまた一つ減ってしまったということ以上の喪失感を感じるとともに、この時代においてメディアに携わる者として自分たちにできることは何だろう?と自身に問いかけています。
おそらく私だけではなく、多感な時期にエスクァイアに触れることがきっかけとなって、制作の場に身を置いている人は多いと思います。根強い読者だけでなく、情熱を持つ発信者をも育てる、そういう雑誌は希有だと私は思います。
復刊を心から応援申し上げます。
単純に知識や情報を得るだけなら、今の時代たくさんの方法があります。私の場合、無造作に得たそれらの知識や情報は心の中で放置されがちです。散りかり放題です。
しかし、Esquireで得た整理整頓の行き届いた知識や情報は不思議と心の中でほったらかしにできるものではなく、胸の中の本棚にいつでもとどめておきたいと感じさせるものでした。
そしてそれらの知識や教養はEsquireが廃刊になった今でも胸中の本棚にホコリをかぶらず、読んだ当時の新鮮さを保ったまま置かれてします。
私は、刺激ばかりではなく、衝撃も常に与えてくれたEsquireが復刊することを強く望みます。Esquireを両手にもって、机の前で、ベッドの上で、時にはトイレの中で...鞄にまで入れて外出先でも読んだあの日常がいつの日かまた戻ってくることを待ち望んでいます。
ですので、微力ながら応援させてください。
何か、私にもお手伝いできることがありましたら、ご連絡をしてください!!
私も、本の復刊を期待しています!
みんなと一緒に仕事ができたことは、とても良い思いでになっています!!
今度、みんなと会いたいよ!!
村中りか(元、広告)