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2009年06月24日

追悼・黒田恭一さん

去る5月29日、
『エスクァイア日本版』にて
音楽コラム「音の海から」を連載されていました
音楽評論家の黒田恭一さんがお亡くなりになりました。
150回を数えた連載の開始当初から携わった担当編集者による文を以て、
ここに哀悼の意を表します。
慎んでご冥福をお祈りいたします。



あまりに突然の訃報だった。
エスクァイア日本版の最終号が発売された5月23日から数日後、
黒田恭一さんは天に召された。
私たちの手許から、雑誌と、そこで重要な役割を担ってきた書き手が
ほぼ同じ時期に離れてしまったのだった。
それは悲しさというより、如何ともし難い暴力的な運命の存在を感じさせ、
腹立たしささえ覚えた。

黒田さんに執筆をお願いしていた、音楽コラム「音の海から」は、
エスクァイア日本版の最長連載企画であった。
海のように広がる、人の手になる音の堆積から、
毎回珠のような音楽をひとつ取り上げ紹介する、
そんなイメージをもってタイトルを付けたことを覚えている。
漠然とジャズ系とクラシック系のディスクを交互に紹介出来ればいいと思っていたが、
そんな当方の意図を超えて、黒田さんは実にさまざまな音楽を紹介してくれた。

例えばアストル・ピアソラは、連載の初期に挙げられていた名前だった。
「目をかっとひらいたまま、涙を流すような」、
ピアソラの音楽の魅力を語った一節はいまでも鮮明に思い出される。
この原稿を読んで以降、ピアソラの音楽への印象はがらりと変わってしまった。
アルゼンチンタンゴ特有の哀感と安易に片付けていたものが、
ピアソラというひとりの男の息づかいとして実感され、
生々しく心に迫ってくるようになった。
音楽を語る文章、それが持つ力を改めて認識した体験だった。

音楽の魅力を的確に伝えていた黒田さんだったが、
その文章表現は実に平易なもので、専門用語などを使うことはあまりなかった。
自らを読者と同様の「ききて」の一人と位置づけ、
CDの音に相対したときにどのように感じ思ったのかを、
なるべくそのまま伝えようとしていたようだった。
音楽に対し常にニュートラルであること、音楽への知識が増えるほど、
それは難しくなるように思う。
その姿勢を貫く黒田さんからは、柔和な文章とは対照的に、
強く厳しい自制心が感じられた。
それはストイシズムであり、一種のダンディズムではないだろうか。

残念ながら黒田さんと酒席を設けることは出来なかったが、
彼とそうした席を囲んだ人からは、その紳士的な立ち居振る舞いを聞き及んでいた。
また、過日黒田さんは「自分はながら聴きが出来ない」とよく話していた。
CDを聴く際にはただ音楽を聴くことに専念するのだとも。
いずれも彼のダンディかつストイックな面を垣間見せる逸話といえるだろう。

2008年の12月に刊行した、エスクァイア日本版の特集「指揮者のチカラ」にて、
カラヤンについて黒田さんに原稿をお願いした。
そこで黒田さんは、カラヤンがいかに録音と録画に力を注いだか、解説を展開した。
黒田さんはカラヤンのスタジオ録音について、次のように述べている。

「相手にじっと目を見つめられてはなされることばと、
相手が別の人にはなしていることばをそばにいてきくのとでは、
ききての、そのはなしへの集中度が大きく違ってくる。
目を見つめられてはなされたことばであれば、
どうしたって、ききては身を乗りだして耳をそばだてる。
カラヤンが録音して残した演奏の大半が、
スピーカーの前で耳をすますききてのためになされている、というそのこと自体が、
カラヤンという指揮者を考える場合の最重要ポイントになる」

この一節に、音楽と聴衆との関係についてのカラヤンのスタンスと、
それに共鳴するような黒田さんの思いが見てとれる、というのは勘ぐり過ぎだろうか。
テクノロジーを駆使することで、
より多くの人が自身の音楽にダイレクトに向き合えるよう企図したカラヤン。
そして、より多くの人が、多様な、そして良い音楽と出会えるよう、
さまざまなディスクを取り上げ、わかりやすい言葉で語り続けた黒田さん。
両者には、音楽という文化は、誰もが容易にアクセス出来て、
享受されるべきものだという共通のテーゼが感じられる。
それはまた資本主義発展期の近代的な価値観と捉えられなくもない。
だとしても、いや、情報過多で「出合いを諦めがち」な現代だからこそ、
その考え方は再考されていい。

新しいディスクに、いつも新鮮な気持ちで触れ、その感動を記していた黒田さん。
もっとさまざまな音楽を、紹介してもらいたかった。
黒田さんの新しい文章にはもう触れられないが、
黒田さんのように音楽に触れることはできそうだ。
もしかしたらそれは、黒田さんが最も伝えたかったことなのかもしれない。

文=菅原幸裕(エスクァイア日本版編集部)
『intoxicate』vol.80(6/20発行)より転載。
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